甲谷匡賛(こうたにまさあき)「ALSな日々」


展覧会開催についてのごあいさつ

この展覧会では、甲谷匡賛氏がALS(筋萎縮性側索硬化症)の病床から生み出した作品をご紹介いたします。ALSはすべての運動筋が次第に萎縮し、最後には呼吸もまばたきもできなくなる、原因も治療法も解らない難病です。また、運動筋は冒されても、その他の感覚、自律神経、頭脳はなんら冒されないという特異な特徴も持っています。そのため、この病に冒された体と向き合う心理的葛藤には特別なものがあります。
 発病前の甲谷氏は、手技の療術院を開き、多くの人の治療を行なってきました。また、ヨーガや武道にも秀で、芸術や社会の問題の核心に常に「からだ」を据えていました。その彼の薫陶を受けた人はたくさんいますが、それは、彼の並外れたからだに対する知覚力の他に、ある種の思想性と芸術的感性があったからです。
 そして今、日々からだと向き合ってきた彼が、究極的とも言えるような自らのからだとの向き合いを科せられています。そこには確かに大変な苦痛、葛藤、不安がありますが、同時に彼は、今のからだに対する気づきは発病前の数十倍に匹敵すると言っています。
 私たちが、どのような生を生きたとしても、座って半畳、寝て一畳の私たちのからだは普遍です。日々忙しく過ごす私たちにとって、からだと向き合う事は稀になっています。そのような私たちにとって、甲谷氏の作品や病と向き合う姿勢から学ぶ事は大きいと思います。
 展覧会の作品は全てパソコンのソフトにより描かれています。甲谷氏が現在唯一可能な表現手段がパソコンであり、制作には大変な時間と労力を伴います。しかし、生み出された作品には、色彩のきらめきや躍動するモチーフの中に、自らの運命やからだとの向き合いの中でのぎりぎりの命の輝きが表現されています。
 個展においては「作家の置かれた環境ではなく、作品そのものの価値が問われるべき」との考えもあるでしょうが、今展においては作品と作家の体験は切り離せないものと考えます。そこで、展覧会会場では、甲谷氏の作品のみでなく、ALSに関する情報や、甲谷氏の病の中での様々な言葉、体験等をご紹介したいと思います。
 この展覧会をご覧になった方々に、ひととき「からだ」へ思いを巡らせていただくことが出来ましたら幸甚です。
    2005年12月
     甲谷匡賛作品展実行委員会
           代表 由良部正美